サルでもわかる契約書をつくろう

猿でもわかる契約書 契約書
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最近でこそ契約書を交わすことがビジネスの常識になってきているが、それでも契約書を交わすことを躊躇う人がまだいる。

契約書を作るのが面倒という理由の他に、そんなことは書かなくても常識だろう、と言って形ばかりの契約書で済ませてしまうことも少なくない。

「常識」の中身を煮詰めていくと、要は自分が想定している範囲内で物事を許容することであって、「常識」に寛容な人もいれば、「常識」に厳格な人もいるように、主観的な常識を頼ってビジネスを行うことはとても危険なのである。

常識やモラルという言葉を聞くことが多い日本なのだが、一度でも海外で生活をしたことがあるならば、常識を語ることが非常識であることを実感する。

最近も大手アニメ業界の広告で、「常識」の範囲内でご自由にお使いください、という著作権フリーのアナウンスがあったが、日本のアニメのように世界中にファンがいるコンテンツについて、常識を持ち出すのは全く非常識なのである。

日本のようにある程度同じ考えを共有することができる国というのは世界では珍しく、国内でも宗教が異なり文化が異なる国の方が普通である。

牛は食べても良いが豚は駄目、というような国において、常識を頼って取引を初めるとしたら、どんなことになるか。

そんなことは書かなくても常識だと言って、契約を交わさず、交わしたとしたしても常識に頼ってやって良いこと、悪いことを決めず、トラブルがあったら協議して解決するという一文の契約書が全く機能しないことは経験者なら百も承知のこと。

さらに日本の場合は、協議解決よりも司法解決に期待する傾向があるが、これも日本のように成文法が充実している国だからできる技であり、英米法のような法体系では司法こそ最も避けるべき紛争解決手段なのである。

さらに行政に解決を期待するというのも日本独特の解決方法ではないだろうか。

当事者のトラブルを行政に持ち込んで仲裁を期待したり、行政自体もトラブルの防止を期待して見解を出しているのだが、行政判断自体が司法では尊重されないことは珍しくない。

特許侵害事件で専門官庁たる特許庁が下した判断を司法が覆すことは珍しくないし、行政判断に頼らず侵害裁判所が自ら特許の有効性について判断することからも、行政判断に期待してはいけないのである。

サルでもわかる云々というキャッチコピーは言葉は悪いのだが、誰が見てもわかる、分かりやすい、というのは契約書の基本である。

この記事を書いた人
TANAKA Tomio

2004年弁理士登録
電機・電子・IT分野を得意とし国内・国外の権利化について豊富な経験と実績あり。
中国上海駐在経験を活かし中国実務についても豊富な経験あり。
知的財産調査官として特許を始め意匠・商標・著作権・不正競争防止に係る模倣品の輸入差止め審査に従事した経験を活かし模倣品対策についても積極的に取り組む。

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